ガイコツビヨリ
一般に、随筆の家には欠くべからざる基本的条件が二つある。一は本を読むという習性があること、また一は食うにこまらぬという保証をもっていることである。本のはなしを書かなくても、根底に書巻をひそめないような随筆はあさはかなものと踏みたおしてよい。また貧苦に迫ったやつが書く随筆は料簡がオシャレでない。その例。奇妙なことに、荷風のしきりに珍重する為永春水が書いた随筆のごときは、あきらかにその無学と貧窮のゆえをもって、目もあてられぬ泥くさいものになっている。すなわち、和朝ぶりの随筆といえども、右の二つの基本的条件に依って支えられているかぎりでは、ともかくそこに精神上の位置のエネルギーを保つことをえたのだろう。むかしは、荷風は集書の癖あり、またちとの家産を恃んでもいたようだから、まさに随筆家たるに適していたとおもわれる。
石川淳「敗荷落日」(1959)より
Brundage, J. A., Sex and Christian Society in Medieval Europe. Chicago 1987


Brundage, J. A., Sex and Christian Society in Medieval Europe. Chicago 1987

ひとり物を害する魔性の力だけではない。ある種のまじないには女を頼まねばならぬものがあった。年々の行事で最も著しいものは田植である。昔の人の推理法は興味がある。女は生産の力のある者だから、大切な生産の行為は女に頼むがよいという趣意であった。これに伴のうていろいろの様式の、至って古風なものが今も残っており、したがってまた神秘なる禁忌があった。一方にはまたおみき・おなほという類の老女の、神と交通したという話が実事として数限りもなく語り伝えられる。実際その不可思議には数千年の根底があるので、日本の男子としてこれに動かされることはいささかも異例ではなかった。
柳田国男「妹の力」(1925) より
 震災の直後二年ほど、わたしは福岡の町に住んでいたことがある。もう古いはなしなので、今はもちろん様子が変っているにちがいない。しかし変ったらば変ったで、はなしの食いちがえが一興かも知れぬ。まず、あまり変貌がなさそうに想像される海岸のことからはじめよう。
 じつをいうと、いかにひいきしたいと思っても、福岡の町に沿った海岸にはとくに褒めるほどのところはない。波に元気がなく、潮に香がなく、水の色は濁り、砂漠は狭くささくれて、坂東の九十九里はおろか、可憐なる江の島の海にも及ばず、バッテン、ヨカタイの豪傑には憚りながら、大変不景気な海岸である。もし西公園の突端に立って、はるかに玄界灘の沖津潮騒が聞こえたように思われたとしたらば、それはまさに気のせいよりほかのものではあるまい。箱崎の海について、わたしが驚嘆した唯一のことは、そこでときどきイルカが捕れて、福岡市民が平然とこの怪獣を食用に供するということであった。
石川淳「ラゲエ神父」 より
 一体そういう風になるように神が予めおきめになっていても、それに背こうというのかいな? どうだい、傷痕ふぐりめ、
 黴生えふぐり、ぐにゃぐにゃふぐり、黴臭ふぐり、水こねふぐり、ぶらりんふぐり、いてつきふぐり、哀号ふぐり、たるみふぐり、ぐずぐずふぐり、しょんぼりふぐり、がばがばふぐり、へなへなふぐり、無作法ふぐり、へこたれふぐり、へべれけふぐり、ぐったりふぐり、ぼこぼこふぐり、ちょこなんふぐり、久曾まみれふぐり、おしゃがみふぐり、居睡りふぐり、乳滓ふぐり、搾られふぐり、御無用ふぐり、いじけふぐり、ひねくれふぐり、贋物ふぐり、へとへとふぐり、虫食いふぐり、がたがたふぐり、くたくたふぐり、ぶるぶるふぐり、ちんちんふぐり、ひょろひょろふぐり、くされふぐり、呪われふぐり、ふわふわふぐり、ふにゃふにゃふぐり、透明ふぐり、からからふぐり、たらたらふぐり、ぺちゃんこふぐり、ぼろぼろふぐり、半消えふぐり、乾葡萄ふぐり、紙帽ふぐり、断罪ふぐり、畳まみれふぐり、強請られふぐり、がらくたふぐり、汗疣ふぐり、ぬらぬらふぐり、泥んこふぐり、からっぽふぐり、皺くちゃふぐり、渋面ふぐり、くたびれふぐり、ふらふらふぐり、薹立ちふぐり、虫食いふぐり、やくざふぐり、ごきぶりふぐり、降参ふぐり、罅入りふぐり、泣面ふぐり、宦官ふぐり、閹人ふぐり、宮辟ふぐり、脱疽ふぐり、ばっさりふぐり、ぐにゃぐにゃふぐり、粉ふきふぐり、皮疽ふぐり、脱腸ふぐり、静脈瘤ふぐり、潰瘍ふぐり、孔あきふぐり、瘡蓋ふぐり、足なえふぐり、おんぼろふぐり、塵芥ふぐり、どんよりふぐり、下手物ふぐり、でぶでぶふぐり、でっぷりふぐり、がたぴしゃふぐり、甘たれふぐり、刳られふぐり、ぼこぼこふぐり、肌黒ふぐり、ひょろつきふぐり、きん抜きふぐり、驢馬棒ふぐり、ばらばらふぐり、醤油漬ふぐり、くずれふぐり、根絶やしふぐり、腑抜けふぐり、便秘ふぐり、流産ふぐり、雹害ふぐり、端折られふぐり、鞴ふぐり、いんちきふぐり、居候ふぐり、縁ぎざふぐり、円帽ふぐり、吸角ふぐり、むくむくふぐり、果なしふぐり、傷跡ふぐり、焼灼ふぐり、落莫ふぐり、息切れふぐり、臭猫ふぐり、樽臭ふぐり、酸敗ふぐり、麦酒ふぐり、寒がりふぐり、瘻管ふぐり、くよくよふぐり、うつうつふぐり、半割れふぐり、呪縛ふぐり、饐え臭ふぐり、労咳ふぐり、縮まりふぐり、擦り切れふぐり、苦虫ふぐり、閉口ふぐり、ぶつくさふぐり、ぼんくらふぐり、錆つきふぐり、難業ふぐり、ごろつきふぐり、よいよいふぐり、贋日付ふぐり、落第ふぐり、てんぼうふぐり、しなびふぐり、もやもやふぐり、蝙蝠ふぐり、仏頂面ふぐり、爆竹ふぐり、がっくりふぐり、窮鼠ふぐり、砂ぼこふぐり、ぼろくたふぐり、めそめそふぐり、気絶ふぐり、衰頽ふぐり、悪臭ふぐり、ずうずうふぐり、泣虫ふぐり、細々ふぐり、閉門ふぐり、膿たれふぐり、暗討ふぐり、つぎはぎふぐり、すっからかんふぐり、しびれふぐり、ぐずぐずふぐり、涅槃ふぐり、腹くちふぐり、零々ふぐり、弥次馬ふぐり、おんぼろふぐり、お茶挽きふぐり、発熱ふぐり、
 悪魔に喰われろ薄のろふぐり、いやさパニュルジュどん、貴様の運勢がそうときまっているのに、遊星を逆行させたり、全天球界をがたがたにしたり、星宿の動きを司る神霊に錯誤を求めたり、パルカエ女神の紡錘竿の尖先を折ったり、回転環に難癖つけたり、糸巻きを罵ったり、枷を咎めたり、繰り出される絹糸を悪様に言ったり、糸毬を解いたりしたいというのかね? 間歇熱にでもかかっちまいな、ふぐり野郎め。
フランソワ・ラブレー『第三之書 パンタグリュエル物語』(渡辺一夫訳) より 第28章 修道士ジャン・デ・ザントムールのセリフ
 なあ、布袋和尚、少しは俺を陽気にしてくれよ、なあ。あの悪魔憑きの気違い野郎の話で、頭が、ぼやんと、ぼけてしまったみたいだ。
 なあ、おい、可愛いふぐり坊主め、
 半欠ふぐり、名うてふぐり、足太ふぐり、授かり物ふぐり、鉛入りふぐり、乳垂れふぐり、毛むくじゃらふぐり、填絮ふぐり、色筋ふぐり、仰向きふぐり、漆喰ふぐり、唐草ふぐり、草模様ふぐり、難攻ふぐり、皮剥ぎ兎ふぐり、古代ふぐり、不落ふぐり、朱色ふぐり、ぴかぴかふぐり、刺繍ふぐり、雑色ふぐり、錫塗りふぐり、こんこんふぐり、脂身入りふぐり、起請ふぐり、町民ふぐり、つぶつぶふぐり、火口ふぐり、恐水病ふぐり、瀝青ふぐり、外套ふぐり、ちょこなんふぐり、頭巾ふぐり、欲しがられふぐり、漆塗りふぐり、黒檀ふぐり、巴西木ふぐり、黄楊の木ふぐり、ちゃっかりふぐり、羅典ふぐり、見張桜ふぐり、鉤張りふぐり、お突きふぐり、放れ駒ふぐり、かたくなふぐり、腕ききふぐり、うずたかふぐり、中背ふぐり、肉詰めふぐり、膨らみふぐり、てかてかふぐり、つるつるふぐり、がらぴしゃふぐり、ぴんぴんふぐり、積極ふぐり、進行ふぐり、属格ふぐり、能動ふぐり、巨人ふぐり、玉の緒ふぐり、卵形ふぐり、先生ふぐり、僧院ふぐり、修道ふぐり、勇壮ふぐり、霊妙ふぐり、恭謹ふぐり、有閑ふぐり、徒然ふぐり、不敵ふぐり、どっしりふぐり、放埓ふぐり、掌大ふぐり、がつがつふぐり、絶対ふぐり、断乎ふぐり、ぶらぶらふぐり、まるまるふぐり、二重ふぐり、慇懃ふぐり、土耳其ふぐり、たっぷりふぐり、ぎらぎらふぐり、ひゅうひゅうふぐり、がりがりふぐり、お澄しふぐり、せっかちふぐり、貸しさげふぐり、ぴったりふぐり、あわてふぐり、泡吹きふぐり、断然ふぐり、福楽ふぐり、だらりこふぐり、脂太ふぐり、常用ふぐり、高綜ふぐり、淳乎ふぐり、せがまれふぐり、にこにこふぐり、尻高ふぐり、往来ふぐり、山猫ふぐり、帰爾甫ふぐり、奥栖泥ふぐり、当千ふぐり、御大家ふぐり、お茶の間ふぐり、出藍ふぐり、人形ふぐり、ちくちくふぐり、定規ふぐり、水銀合金ふぐり、代数ふぐり、岩乗ふぐり、愛敬ふぐり、大食いふぐり、不敗ふぐり、脈ありふぐり、楽しみふぐり、いかついふぐり、恐ろしふぐり、人情ふぐり、有用ふぐり、竹帛ふぐり、名取りふぐり、手答えふぐり、筋張りふぐり、脂巻きふぐり、加勢ふぐり、悲劇ふぐり、諷刺ふぐり、海越えふぐり、反動ふぐり、消化ふぐり、わなわなふぐり、補肉ふぐり、安息ふぐり、浮彫ふぐり、まぐわいふぐり、ひんひんふぐり、めえめえふぐり、回生ふぐり、稲妻ふぐり、雷鳴ふぐり、煌々ふぐり、鎚打ちふぐり、撞角ふぐり、きんきんふぐり、芳香ふぐり、共鳴ふぐり、精薬ふぐり、しゃんしゃんふぐり、ごうごうふぐり、悪戯ふぐり、かっぱらいふぐり、隆々ふぐり、揺々ふぐり、拍車ふぐり、どこどんふぐり、流産ふぐり、梯子ふぐり、組合ふぐり、ごちゃまぜふぐり、えいさらふぐり、
 なあ、とんぼがえりふぐり、どんちゃんふぐり、ぴくぴくふぐり、ふーっと、ジャン、御坊、俺は、御坊を、ほんとうに、豪いと、思って、いるんだし、口直しにもと、御坊を、取っておいたんだぜ。お願いだ、思ってる通りに、言ってくれよ。俺は嫁をもらうべきか、もらうべからずか?
フランソワ・ラブレー『第三之書 パンタグリュエル物語』(渡辺一夫訳) より 第26章 パニュルジュのセリフ
toshikin3:

【閲覧注意】お前らがグッっと来た画像を貼るスレ
 ところが事実は、無限に対する神秘感とか理解の彼岸にあるものに対する不知感とかいうものは、原始民族においては愚か、知的文化の相当に進んだ段階の文明民族においてさえも未知であったのだ。「超自然」の観念はごく近代のものにほかならず、それはまったく合理的思惟の所産といわなければならないのである。
[中略]
 原始人はいたるところに超自然的なものを見ると思われているが、事実はむしろ逆で、彼らはどこにもそれを見ていないのである。自然的秩序の観念が彼らにはまるで欠けているからだ。原始人は発声や所作で山や河や風に命令したり、雨を呼んだりするけれども、彼らはだからといって少しも自己の「無力」を感じたり、「奇蹟」的手段に頼っていると感じたりしているのではない。
 知性の未発達な彼らは想像で世界を思惟しているから、何の苦もなくいっさいの現象を彼らなりに説明したつもりになってすましているのである。
 もちろん人間の知能には事実において厳乎たる限界があるだろう。けれどもそのことを彼らはいっこうに知らずにいるのであって、それを人に教えるものがほかならぬ近代的知性なのであるのだ。
 知性は技術と科学とともに、そしてそれらによって形成されてゆく。しかし知性の悲しみは、その発展途上においてつねに事物の法則の把握から事物の一部分が逃れ去ることを経験することである。「既知」の領域が拡大するにともなって、「未知」の領域が狭まってゆくどころか、逆にかえってそれは正比例的に拡大する――そのことを多少とも体験しなかった科学者がなかっただろうか。
「宗教について」林達夫(1941)
とある近代化

「君は呉服屋の話をするのか、人売りの話をするのか」「そうそう人売りの話をやっていたんだっけ。じつはこの伊勢源についてもすこぶる奇譚があるんだが、それは割愛してきょうは人売りだけにしておこう」「人売りもついでにやめるがいい」「どうしてこれが二十世紀の今日と明治初年ごろの女子の品性の比較について大なる参考になる材料だから、そんなにたやすくやめられるものか――それでぼくがおやじと伊勢源の前まで来ると、例の人売りがおやじを見て旦那女の子のしまい物はどうです。安く負けておくから買っておくんなさいなと言いながら天秤棒をおろして汗をふいているのさ。見ると籠の中には前に一人後ろに一人両方とも二歳ばかりの女の子が入れてある。おやじはこの男に向かって安ければ買ってもいいが、もうこれぎりかいと聞くと、へえあいにくときょうはみんな売り尽くしてたった二つになっちまいました。どっちでもいいから取っとくんなさいなと女の子を両手で持って唐茄子かなんぞのようにおやじの鼻の先へ出すと、おやじはぽんぽんと頭をたたいてみて、ははあかなりな音だと言った。それからいよいよ談判が始まってさんざん値切った末おやじが、買ってもいいが品はたしかだろうなと聞くと、ええ前のやつは始終見ているから間違いはありませんがね後ろにかついでるほうは、なにしろ目がないんですから、ことによるとひびが入ってるかもしれません。こいつのほうなら受け合えないかわりに値段を引いておきますと言った。ぼくはこの問答をいまだに記憶しているんだがその時子供心に女というのはなるほど油断のならないものだと思ったよ。――しかし明治三十八年の今日こんなばかなまねをして女の子を売って歩くものもなし、目を放して後ろへかついだほうはけんのんだなどということも聞かないようだ。だから、ぼくの考えではやはり泰西文明のおかげで女の品行もよほど進歩したものだろうと断定するのだが、どうだろう寒月君」

夏目漱石『吾輩は猫である』 五(1905)

 

 

 そこでパンタグリュエルは言った。

 ――そもそも得手吉箱[注:女性器の隠喩。宮武外骨の書を元にした戯訳とのこと]が、そのように安いということがどうして判る。この町には、信心深いお方も貞淑なお方も生娘方もたくさん居られるのだからな。

 ――シカラバソノ証拠ハコレイカニ?(とパニュルジュは言った。)この件に関しまして、ひとつ私見と申すようなものでなく、正真正銘の確証保証をお伝えいたしましょう。私はこの町にまいりまして以来、――まだ九日にしかなりませんが――別にこれを鼻にかけるというわけではござりませぬが、四百十七個の得手吉箱を買い調えましたぞ。しかも、それは、聖像聖画に齧りつく信女たちや、神学奥方たちのお持ちものだったのでございますぜ。ところが、それのみならず、今朝一人の小父さんがやってまいりまして、アイソポスに出てくるような背負嚢のなかに、齢の頃がせいぜい二歳か三歳ぐらいの小娘を、一人は前のほうへ、もう一人は後のほうへ入れておりました。この男は、施物をしてくれと申しましたが、私めは、お金よりも男のお宝の金の玉のほうをたくさんに持っていると答えてから、こう訊ねました、「小父さん、この二人の小娘は生娘かねえ?」と。すると相手は、「旦那、二年も前からこうやって担いでおりますが、前のほうのこいつめは、始終私が見ていますから生娘だとは思いますがね。しかし、指を火に突っこんでまでお誓い申す気はございませんな。後へ担いでいる奴はどうかと申しますに、全くてんで何とも申しあげられませぬわい」と。

フランソワ・ラブレー『第二之書 パンタグリュエル物語』 第15章(1532) 渡辺一夫訳

 曇である。しかし薄明にさやぐ鈴懸の並木の下に投げ捨てられている青い西瓜の皮や黒いたねは、水みずしく美しかった。
 京都は残った。残ったのがむしろ癪である。アメリカが自分たちの遊覧地としてこの古都を残したのが癪である。しかし多くの人のいうように、自分たちの「遊び場所」としてでなく、結局はそうなるわけだが、文化の記念として彼らはこの京都や奈良に手をつけなかったのであろう。つまりそれだけ余裕があったわけで、一層それが癪にさわる。ソ連なら容赦なく爆撃したであろう。そしてまた、もしアメリカにこのような古都があるならば、日本は勿論これを潰滅するのに何の遠慮をも感じまい。少くとも日本の軍人は。
山田風太郎『戦中派不戦日記』 昭和20年9月2日(日) より